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涙にくれるふたりの女性

出典: 事件はラブホで起きている
ファミレスに入り、ふたりは席についた。すぐ横の席では、4人のギャルが楽しく女子会をしている。僕らも遠目の席から様子を窺っていると、ふたりが席を立ち一緒にドリンクバーナーへと歩いていく。 「うわっ、これ……地獄のドリンクバーじゃないですか……僕だったら、こんなときに何を飲んだらいいのか、わからないですけどね……」 「ゆで卵が飲み物はクライアントさんが決めるもんじゃないのなぁ」 「え、ファンタとコーラ混ぜたりしたやつとかですか?」 「いやいや、ジュースとかじゃなくて水だったりするんじゃないかな。〝あんたはこれで十分でしょ〟って。」 シリアスさに欠ける会話だって? まぁ許してくれよ。こういう冗談を言うことで、僕らはイナミさんを応援してるつもりなんだからさ。 経験上、不倫女というのは、どんなときも油断できない存在だ。不倫という誰もがわかる不誠実な行為をしているにもかかわらず、「彼が私に夢中なのは、あんたが妻としての務めを果たしていないからでしょ!」などと逆切れするパターンもある。また、探偵の撮った証拠を目の前にしても不倫をいっさい認めず、示談書に断固としてサインをしない不倫女もザラにいる。 そもそも探偵は、通常であればこういった場に立ち会うことはない。一円にもならないしね。だけど、僕は私立探偵として一線を越えてくださった依頼者さんの〝戦友〟として、この話し合いがどのようなエンディングを迎えるかを見届ける責任がある……正直にいえば、人間ドラマに興味があるんだと思う。だって、イナミさんもゆで卵も、おそらく今日のことは一生忘れない。人生で一度あるかないかのショッキングな体験だ。探偵ならでは、それを間近で見届ける手はない。僕だって、今日のことの一生忘れることはない。僕が今まで携わってきた1000件を超えるすべての不倫現場を記憶している。だから、今でもこの仕事を続けられているのかもしれない。 話戻そう。イナミさんが机の上に書類を広げている。僕が作成した調査報告書のようだ。僕らが前日もかけて調査し、精魂込めて作成した報告書をイナミさんから見せつけられ、うなだれ、絶望にも似た表情を浮かべるゆで卵。テーブルに頭がつきそうなぐらい頷いてるゆで卵。 その後ろをペコちゃん人形が通り過ぎ、横の席のギャルたちは、楽しそうに話に盛り上がっている。 「ああ! ここは、なんてエモいファミレスなんだ!」 僕はゾクゾクしながら、注文したフライドポテトにマヨケチャをディップした。 時計は深夜1時を回ろうとしていた。見守っている最中にもイナミさんとたまに目が合う。ゆで卵に声をかける直前の通話で、僕はイナミさんにひとつだけアドバイスをした。 「示談書にサインさせることだけに固執するんじゃなくて、不倫相手と対面したときのご自身の気持ちや感情に対して嘘がないように、悔いが残らないことを第一に考えてくださいね」 ゆで卵が泣いている様が見える。 「おいおい、なんでお前が泣くんだよ?」 そんな感情が込み上げてくる。僕もゆで卵の涙にイライラしていると、イナミさんも涙を流し始めた。そこには、許す許さないの次元を超えた、濃厚な人間ドラマがあった。